2003年3月3日、冗談のようなこの日、早期退職をした。その後タイへ「なんちゃって移住」、ホームページを作っていたが、かったるくなりブログへ移行。
2015年9月、タイ最後の地チェンマイに引っ越す、しかしチェンマイは田舎者にはあまりの都会で戸惑い中、やっぱり田舎の方がいいや。
2016年3月、12年数カ月住んだタイ国を離れ帰国、おとなしく日本に定住出来るのか(笑)

2017年5月27日土曜日

2017年5月

← 4月 6月 →

27日
特に予定もないのだが11時にパフォーマンスが始まる新市庁舎のドイツで最古と言われる仕掛け時計を見に行く。
26日 今日からちょっと長い旅にでる、羽田から旅の始まりのミュンヘンまで12時間、久しぶりの長時間飛行、ヨーロッパへは68年以来行っていないので初めてと言ってもいいくらい、まずはハンガリーの知人を訪ねるのだが、どうなる事やら。
17時半無事ミュンヘン到着、ホテルへ。
21日
どうにか腰も治ってきたようなので少しづつ自転車を漕いでいる、「タイ1都76県」やらこの地図にもデータを追加している、昨日はインドのハヌーマンを選んで追加してみた、全国的に分布していてインド人どんだけハヌーマンが好きなんだ?、ただ、そんな所にあるのか?って疑わしいのもあって「航空写真」の不鮮明、ストリートビューも無いので確認出来ない、くれぐれも100%信用しないように。
13日 この4・5日、腰が痛くて座っていられない、その前に何日かぶっ通しで「タイ1都76県」やらこの地図にデータを追加していたのが祟ったらしい、今年近所に出来た「海辺の湯」があるので行ってみた、出来た当時は温泉ではなく、ボーリングは継続するが温泉になるかは不明との事だったのが、4月末に温泉として再オープンしたらしい、確かオープンした時には700円だったと思うが750円に値上げされていた、 値段が安い分それなりの設備で、通常の浴槽・サウナにジェット風呂と電気風呂しかない、電気風呂というのは初めてで二つの電極(?)の間に入るとビリビリとする、初日はきいた様な気がしたが全く気 のせいだった様だ。
6日 この頃「タイ1都76県」やらこの地図にデータを追加している、保存しているデータの検証をしていると新たな興味ある画像等が出てくる、そんな事をしていると際限がないので見て見ぬふりをしている、タイ以外(多分)の保存していたURLで、場所が特定出来ないものは除いて全て終わった、グーグルマップを使っているのだけれど、どう言う訳か中国の「地図」と「航空写真」のずれが酷い所が多い、インドでは「航空写真」で見てもこんな所に?って所に巨大像があったりする、と言う事で私の作った地図を100%信じないように、残ったタイとグーグルマップに付けた「マーク」はぼちぼちと時間のある時に追加しようと思う。
4日 昨日は「タイ1都76県」にデータを追加していたらガネーシャが出てきた、その関係でハヌーマンになりシバ神になりとうとうインドの巨大像の整理をする事になってしまった、保存されている画像の位置情報等を調べ、間違いなさそうなものを地図に追加してみた、タイにもヒンズーの神の巨大像があるのだけれどガネーシャがほとんどで、本場インドではシバ神・ハヌーマンと違いがあるのが面白い。
1日 暇なので、新たな任務を与えられて出港する「いずも」を見送りに行こうかと思ったが、かったるいのでやめにした。
先月「タイ1都76県」のデータを分割したのでかなりの余裕が出た、今までネットで見た写真やら興味のある場所などを保存していたものを検証してデータとして載せている、タイだけではないのでこちらの地図にも追加している、簡単に場所等が判るものもあれば、本当か?というものもある、多分間違いはないと思われるものだけ追加しているのだけれど、もし行ってみようと思われるなら事前に確認してほしい、グーグルにあった写真を信じて行ったはいいが何もないという事も1度や2度ではない。

聖母教会

ミュンヘン、ドイツ
聖母教会

ヴィクトゥアリエン市場

ミュンヘン、ドイツ
ヴィクトゥアリエン市場

仕掛け時計

ミュンヘン、ドイツ
動画

ミュンヘン新市庁舎

ミュンヘン、ドイツ
ミュンヘン新市庁舎

ミュンヘンセントラル駅

ミュンヘン、ドイツ
ミュンヘンセントラル駅

2017年5月23日火曜日

浄蓮寺

横須賀市、神奈川県
浄蓮寺

第三海堡兵舎跡

横須賀市、神奈川県
第三海堡兵舎跡

馬門山海軍墓地

横須賀市、神奈川県
馬門山海軍墓地

  軍艦河内殉難者の碑(大正八年二月建立)、軍艦筑波殉難者の碑(大正八年四月建立)、特務艦関東殉難者の碑(大正十四年四月建立)、北京籠城軍艦愛宕戦死者の碑(明治三十四年五月に建立され、昭和七年八月この地に移転)、上海事変戦死者の碑(昭和八年一月建立)、第四艦隊遭難殉職者の碑(昭和十一年六月建立)、支那事変大東亜戦争戦没者の碑(昭和二十八年九月建立)

2017年4月29日土曜日

くりはま花の国

神奈川県横須賀市
2017年4月29日
2016年5月29日
くりはま花の国
2016年5月2日
くりはま花の国
2015年5月30日
くりはま花の国

2017年4月26日水曜日

2017年4月

← 3月 5月 →

26日 カンボジア・タイのチャリ旅終了、無事帰国。
チャリでの走行距離はカンボジア 383Km、タイ 260Km、合計 643Km、実際には町をウロウロしていたり、夕方走っていたりするのでもっと走っているのだけれど記録はとっていない。
タイに住んでいた頃はバイクでウロウロしていたのだが、チャリの半日分がバイクの一時間分、そう考えると炎天下汗ダラダラでチャリなんか馬鹿馬鹿しくて漕いでいられない。
25日 明日の帰国 を前にバンコクに帰って来ている、バンコクへの列車はハジャイに行った時の列車とは違い(16日)古い車両だった、お陰で冷房は程よく、蛍光灯も薄暗かったのは上出来、2時間近くの遅延も従来通り、そういえば水くれなかったなぁ、料金同じなのに。
バンコクは昔とは全く別の街になった様で、もう私のいる所ではなくなってしまったようだ、2017年末までに屋台を一掃と知事が言っているようだけど、無理でしょ、屋台が一掃されたら、私にとっては素通りするだけの街になってしまいそう。
話は代わって「タイ1都76県」、データ量が増えてファイル制限を超えてしまうので、思い切って2ファイルにした、今まで載せられなかった未訪問地も載せられる様になった、ついでに未訪問地一覧も表示させてみた、その結果まだまだ行きたい所が山程あるのがわかり、帰国してしまったのはシマッタか。
20日
本日でカンボジア・タイと走ったチャリの旅は終了、帰国日までのんびりと過ごす事にする。
19日 何度も来ている国境の町パダンベサール、特に何があるわけでもないのでハジャイに帰る事にする、昨日とは違い、朝早く出たので坂道もそう苦でもなくクリヤー。
18日 予定したお寺には行ったし、これと言って行く所もない、勢いでマレーシアに行ってやろうかとも考えたんだけど、2~3日マレーシアに行ってもしょうがない、以前訪問したがその後高僧の像が出来たらしいお寺と、無理して行くほどではないだろうと思われるお寺(?)が4号線近くにある、この二カ所に寄って国境の町パダンベサールに行く事にした、このあたりは何度もバイクで走っているので良く判っている、4号線からパダンベサールへの道がこんなに起伏があるとは自転車になってよく判った、なんてバイクは楽だったんだろうと思う、午後パダンベサールにヘロヘロになって到着。
17日 昨日は早く着いたので一休みしてから目的のお寺へ行こうと思っていたのに、ホテルにチェックインしたらその気も失せてしまい一日ごろごろとしていた。
そう毎日ごろごろしているのもと今朝は用意をしてお寺見物に出発、予定は二カ所、一つは以前訪問しているのだが、その後地獄が出来たお寺、もう一つはなぜだか象の像が沢山おいてあるお寺、で、行ってみて分かった、マレーシアの人がお寺に奉納したらしい、でも普通はそれらしき場所に置いてあるもんでこんな物置の前みたいな所には置かないだろ。
16日 昨日14:45、定時に出発、出発してすぐにタイ国鉄のペットボトルが配られる、写真は去年ノンカイから乗った一等寝台(本当だよ!)の時の物、サイズに差はあるんだけどね。
で、何で南行きの列車に乗っているかと言うと、本来何となく考えていたのは、プノンペンからシェムリアップ、ポイペトそしてタイへ入国、33号線でサラブリまで走ってチャリ終了、そこから列車でバンコクへって考えていた、でもプノンペンで、色々理由はあるんだけど、この計画は破棄、計画よりだいぶ早めにタイに入国しちゃったんで、帰国日までの時間を潰さなければならない、バンコクには居たくないので、どうしようかと考えていた所、北部、東北部、南部で新たな地獄寺が確認された、どうせならチャリで見に行きたい、一番興味を惹かれたのは北部なんだけど山・坂があるだろうから南部に決定、と言う訳で南部行きに乗ってる。
車両が新しいので綺麗、何となく広く感じる、以前と違い、物売りは入らせない、食堂車はあるんだけど(民間委託?)、実際には調理していない様子でレンジでチンしているらしい。
決定的にいけないのは日本製の時には遮光カーテンだったのに、薄い明るい色のカーテンで、調光もしないから上段の明るい事と言ったらない、ベッドサイドに付いている電気は不要だろ、今回夜行に乗るとは思ってもいなかったのでアイマスクを持って来なかったのは不覚だった、当然寒さ対策はしないと凍死するよ。
ハジャイ着6:35が6:10には到着、タイ国鉄どうしちゃった、大丈夫か。
15日 昨夜は遅くまで騒がれたんでは堪らないなと思っていたら、あっけなく終わった、都会と違って日が落ちたら真っ暗、街灯がないわけじゃないんだけど、役に立つほど明るくない、そんな暗闇の中で騒いでもって事らしい、良かったよかった。
乗った列車はいつもの様にホアランポン駅の手前でストップ、入れ替えなどの理由によるんだと思うが、駅を目の前にして長時間止められるのは面白くない、定時着は無理か?って事はなくて3分遅れで到着、タイでは定時着と言っていい。
14:45発ハジャイ行きの2等寝台を確保してクーポン食堂へ、以前南線には日本の中古車両が使われていたんだが、C国(?)製の真新しい車両、外見パット見はいいんだけどペコペコしていていかにも安っぽい、乗車口にトイレ・洗面所、一番奥にスーツケース置き場、配置が反対じゃない?ま、普通サイズの物は座席下に置けるから問題はないんだけどね。
14日 今日はこの方のブログにあった地獄寺に寄ってカビンブリへ、ここから列車でバンコクと考えていたんだけど駅前にホテルがあったので明日一番の列車でという事にする。
夕方、このホテルは完全に包囲されていて逃げ道はない、昼間はそうでもなかったので安心していたんだが、どうにかしないと晩飯抜きって事になりかねない、覚悟を決めて出て行くしかないな。
13日 今日はシソポンからタイ国境、国境を越えて列車でサケオまでを予定、国境には10時頃到着、出国のスタンプをもらうのにウロウロする、入国のスタンプをもらい、暇そうな係官が話掛けてくる、最近大阪に行った事を話したかったようだ、陸路入国は年2回でその後はビザが必要との事、イミグレを出た所で警官達が防水スマホケースを配っている、「それ頂戴」ってタイ語で言ったら「何人?」と訊く、「日本人」と答えたら「日本人だぞ~」と、ちょっと離れた所にいたテレビカメラを呼ぶ、そしてCH7のインタビュー、今日のニュースで全国ネットに流れたか?
12日 今日はシソポンまで走るだけ、途中寄る所もないし(多分)、昨日よりも距離が短いので少しは楽。
11日 今日は明るくなったら出発しようと、昨夜は早めに寝ようと思っていたのに、ホテルの近所でガンガンの音楽、プノンペンの空港からホテルまで自転車を漕ぎながら気が付いた、タイならソンクラン、カンボジアで何と呼ばれるかは知らないが「正月」だ、水鉄砲を売っているのを見て、こりゃタイと一緒だなと思う、カンボジアだからとその辺を考慮しなかったのは迂闊だったな、タイに住んでいた時には毎年マレーシアなどに避難していた、期間中引き籠っているのは構わないんだけど、訳の分からないカンボジアよりタイの方がマシかなと、タイに向かっている、タイ国境までおよそ150Km、午前中だけチャリチャリして3日でいい計算なんだけど、暑いからねぇ。
10日
今日は近場をウロウロとして午前中で観光は終了。
9日

シェムリアップに来て、遺跡に行かないって事になると何処に行けばいいんだ?
思い浮かぶ所もないのでトンレ・サップの湖畔にでも行って見ようとホテルを出る、そろそろかなと思うあたりから未舗装道路、大型の観光バスが次々に抜いて行き砂塵が酷い、トンレ・サップ湖周遊の船が出る所まで来たが湖は見えない、まだ先へ行く道路が見えるのでそちらに進んで行くと、制服を着た人に止められる、カンボジア人は通っているので外国人は不可って事らしい、国境でもなし、この先に何があるんだ? 帰りは目に付いたお寺などに寄りながらトロトロと走ってホテルに帰る、本日の予定は終了。
8日 朝早く出ようと思っていたんだけど8時頃になってしまった、今日は「一ノ瀬泰三の墓」に行く予定、ホテルから20Kmほど北にある、墓といっても遺骨は帰国しているので、彼が亡くなった地って事だね、墓参り後、近くの遺跡へ、遺跡巡りはしないんじゃないのか?って突っ込みはなしね、無料なんですよ、無料なんで行くにはちょっと大変、ぬかるんでいて地雷はないんだろうな、って考えちゃうような道を行かないといけない、そのぶん誰もいないんでゆっくり出来るんだけど。
あとは「戦争博物館」、通り道にホテルがあるので休憩してからとも考えたんだけど、一旦部屋に入ったら出られそうにないんで、部屋での休憩はなし、その代わりサトウキビジュースを何回か飲んで休憩、結局5ドル払って見る程ではないなというのが私の感想。
7日 朝 7時半のバスでシェムリアップに来た、ここにはタイに住んでいた時に来た事がある、その時に遺跡巡りをしたので今回は遺跡には行かない。
6日 朝のバスでプノンペンに戻って来た、同じバス会社なのに行きと帰りの値段が違う、間違った訳ではない、安い事はいい事だ、帰って来てすぐに明日のシェムリアップ行きのバスのチケットを手配した、色々考えた末、船旅はやめにした、ミニバンだと5時間、バスだと7時間らしい、ミニバンでは自転車の積み込みが難しそう(出来ない事はないと思うが)なのでエアコンバスにする、26000リエル(1ドル ⇒ 4000~4100リエル)。
プノンペンには昼前に到着したので、昼飯後休息してから少し市内を周ろうかと思ったのだが、暑さやらでその気にならず、この先大丈夫か?
5日
泊まったホテルのおやじが「バンブーブリッジ」に行ったか?と訊く、そんなのがあるのかとグーグルを見たら、島へ渡る橋らしい、竹で出来た橋なんてと思って行って見たら、何と凄い、車も渡っている、島の入り口で通行料を徴収しているお姉さんによると900mあるらしい、多分世界一長い竹の橋ではなかろうか?宣伝して観光資源にしたらいいと思う、下流に立派な橋を作っているみたいなので見るなら今のうちかな。
4日
プノンペンに着いてすぐにシェムリアップまで船が出ているか訊いてみた、乾季には運航していないみたいなんだけど、大丈夫そうなんで、ここからシェムリアップまで船の旅をして、そこからタイ国境まで走ってみようと考えていた、暑さに慣れるのを待ってから出発しようと思っていたんだけど、ここのゴチャゴチャの道路状況にうんざりして、ちょっと近郊に来てみた、運行表を見るとベトナムやタイにも行っている、カンポンチャムに行く事に、3時間程で到着、そこから自転車、遺跡を一つ見てから北のお寺を目指す、最後はとんでもない坂道、ヘロヘロになって夕方ホテルに帰る。
3日

暑さに慣れるのと、この暑さの中でどれくらい走れるのか?別に行く所もないので川岸を走ってみる、とんでもなく暑くてやになる、やっぱり無謀だったか(泣)夕方、マーケット周辺に行ってみる、以前と変わらずグチャグチャ。
2日 カンボジア時間の3時半、無事プノンペン着、アライバルビザ30ドル、チャリを受け取って無事入国、モバイルルーター用にシムを買って(10ドル)自転車を組み立ててプノンペン市内へ、10Km程走ってホテル着、夕方って事もあってそんなに暑くはない 。
1日 台湾を3週間ちかくチャリで走れたので、調子に乗って東南アジアもやってみようと明日プノンペンに行く、帰りはバンコクからなんで、何としてもバンコクに到着しないと 帰れない、しかし、なんちゃってチャリダーなので、プノンペンの街なかをチャリチャリしただけで 、チケットを変更して逃げ帰るかも。